四方海話76

ー ときの話題 ー   §32

Ⅰ アメリカ大陸を発見したのはコロンブスか?

Ⅱ 海亀(アオウミガメ・アカウミガメタイマイ

Ⅲ チョット気になるニュース・話題

1 海の事故カヌー・ディンギーミニボートサップ・ウィンドサーフィン)

2 マイクロプラスチック(MPs)は何処に?  

3 海水中では生きられないと思っていたら! 

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Ⅰ アメリカ大陸を発見したのはコロンブスか?

 小学校6年生の社会科教科書には、「アメリカ大陸を最初に発見したのはコロンブス」として肖像画付きで記載され、テストにも出題されていたことをおぼろげながら覚えていますが、遺跡の新たな発見やアメリカ大陸史、先住民に関する研究が進むにつれ、この「表現」はいつの間にか教科書からも消えてしまいました。

 古い順に、今現在知ることができる「アメリカ大陸への人類の進出」に関する事象を比べてみることにします。

 13万年前の痕跡?  

 カリフォルニア州サンディエゴ近郊で、マストドンの骨格化石(と同時に、オオカミ、ウマ、ラクダ、マンモスなどの砕かれた骨と丸い大きな石の塊など)が発見され(セルティ・マストドン遺跡)、サンディエゴ自然史博物館の研究チームにより発掘調査が行われ、2017年にその結果が発表されました。

 発表によれば、骨の化石を放射年代測定したところ約130,700(±9,400)年前のものと判明した由。このことから、ネアンデルタール人や初期のホモ・サピエンスなど、いずれかの古代人類がこの地で生活していて、マストドンなどの動物を追い込み、石や槍を投げつけて殺し、解体して骨から肉を削ぎ落して食べた⁈(骨の表面に細かな引っ搔き傷が認められた)としています。(現在論争中:「Cerutti マストドンサイト」参照)

 マストドン:4,000万~1,100万年前頃に生存していた比較的小型の原始的なゾウ。

 パレオ・インディアン

 約20,000年~約10,000年前にかけてユーラシア大陸(東シベリア)と北米(アラスカ西部)の間のベーリング地峡(ベーリング陸橋・ベーリンジア)を経由し、尖頭器(加工した石器)を先端に取り付けた槍(尖頭槍)を使って北米に生息していたマストドン、マンモス、バイソン、ヘラジカなどを狩猟しつつ移動した狩猟民が存在しました。彼等はアラスカから南下する過程でグループに分かれ、それぞれが定住地を求めてさらに南方や東方に移動して行った。

 これら人々が、現代のインディアン部族(アパッチ族、シャイアン族、スー族など)の祖先となるパレオ・インディアン(旧石器時代から北米大陸に定住していた古代先住民族)と呼ばれ、独特の尖頭器(槍の先端に取付ける石器)に代表されるクローヴィス文化の担い手です。

クローヴィス尖頭器の画像(出典:ウィキぺディア、PD)・not edited.

 また、中南米のインディオの祖先もベーリング地峡を超えて来た人達を祖先とするという点では同じですが、定住した地域では独特の古代文明(マヤ文明、アステカ文明、インカ文明、オルメカ文明など)を築きあげています。

 ユピクとイヌイット

 シベリアやアラスカの北極圏に住むユピクイヌイットの人々の祖先は、厳しい生活環境にもかかわらず雪や氷を利用した住居(イグルーなど)や、氷上を移動するための犬橇、海氷を活用した狩猟技術を身に付け、独特のボート(ウミアック)などを造る技術など、自然環境に適応しながら独自の文化や言語を発展させましたが、両民族は多くの文化的・遺伝的な共通性が認められます。

 2015年、米国アラスカ州スワード半島のエスペンベルグ岬の約1100年前の遺跡で、青銅器、黒曜石などの遺物が出土しました。鑑定の結果アジアで採掘された金属が使用されていることが判り、ベーリング地峡が海没した(11,000年前ころ)以降も文化的接触があったことが確認されました。 

 バイキング

 グリーンランドを発見し、入植を果たしたバイキング(ノース人:古ノルド語を話していた人々)として「エイリーク」(別名、赤毛のエイリーク)が有名です。その息子の「レイフ・エリクソン」が『グリーンランドから南西方向に探検航海を試みるうち、グリーンランドより南方にある「ヘッルランド」「マルクランド」「ヴィンランド」を発見し、仲間たちと入植を企てたが失敗してグリーンランドへ帰った』旨の記述がグリーンランドの「サガ」に残されていて、長い間「ヴィンランド」とは何処を指すのか不明でした。

 1960年、カナダ東部ニューファンドランド島北端部でサガの記述と合致したランス・オ・メドー遺跡(1978年にユネスコ世界文化遺産に登録、カナダの国定史跡にも指定されている。)が発見され、バイキング達が西暦1,000年頃にこの地に足跡を残したことが確認されると同時にコロンブスによる「新大陸発見」説は覆ることとなりました。

 そして、「ヘッルランド」「マルクランド」はどこにあるのでしょうか?

「サガ」 :北欧の伝統的文学、中世グリーンランドや北欧で起きた出来事・英雄伝説などを記述した「叙事詩」や「長編物語」のこと。

ヴァイキングの航跡 (青線で示されている)、画像左上がニューファンドランド島、オレンジ色ラベルは到達年(西暦)

(出典:ウィキぺディア・クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 2.5 ジェネリック)・not edited. Image:Territories_and_voyages_of_the_Vikings_blank ・ボグダンさんの作品

 コロンブス

 クリストファー・コロンブス(1451年~1506年、イタリア人、航海者・探検家)は地球球体説に基づき、『ヨーロッパから西方に航海してもインドに辿り着ける』として、スペイン王室の支援を受け、1492年8月、有名な「サンタ・マリア号」他2隻(ニーニャ号とピンタ号)とともにスペインのパロス・デ・ラ・フロンテ―ラ港を出港、2ヶ月余の航海の後、1492年10月12日、カリブ海バハマ諸島のサン・サルバドル島に到達し上陸した。更にキューバ本島とイスパニョーラ島を発見したとされています。

 コロンブスによる探検航海は合計4回行われましたが、目的は「金」と「植民地」「奴隷」の獲得にあったようで、先住民に対する残虐行為や略奪も行われたとされています。

 彼は、1506年5月20日に亡くなりましたが、自らが発見した島を「アジア」であると死の間際まで主張し続けたそうです。

 アメリゴ・ヴェスプッチ

 イタリアの探検家で地理学者の「アメリゴ・ヴェスプッチ」(1454年~1512年)は、スペイン国王からの要請で西インド(カリブ海沿岸)から南米大陸の大西洋側までの計4回の探検航海に参加し、そのうち、2回目の航海中の1499年に南米大陸北部の「ガイアナ」に到達して上陸を果たす。また、1501年から1502年にかけての第三回航海では南米大陸東岸に沿って南下しましたが、極寒と暴風雨の厳しさに耐え兼ねて引き返さざるを得なかったものの南緯50度まで到達することができました。このことから、当時の海図ではアジア最南端(マレー半島、北緯1度)とアフリカ最南端(南緯34度)の緯度を遥かに越えて陸地が続くため、それが当時知られている大陸のどれにも属さない「新大陸」であることに気付き、1503年頃に論文「新世界」に発表しました。

 1507年、ドイツの地理学者「マルティン・ヴァルトゼーミュラー」が友人と共著で「アメリゴ」の論文を収録した冊子「宇宙誌入門」を発刊、その付録の「世界地図」に「アメリカ」の名称を用いたとされています。

 ジョン・ガボット(1450年?~1498年)

 イタリア生まれで英国(イングランド)に移住した航海者・探検家。1497年イングランド国王ヘンリー7世の許可のもと船団を率いてヴァイキングが辿ったグリーンランドへの航路に沿って北大西洋を横断し、カナダ東南部の「ケープ・ブレトン島」(バイキングの「レイフ・エリクソン」が入植地を築いたニューファンドランド島の南西の島)に到達した後、ニューファンドランド島の再調査やラブラドル半島の発見、1498年の航海では「デラウエア」と「チェサピーク湾」を確認し、後にイングランドがフロリダ半島以北の北米大陸の領有権を主張する根拠となりました。

 他の発見者の可能性は? 

 ポリネシア人

 モアイ像で有名なイースター島(ポリネシア語で「ラパ・ヌイ」、スペイン語で「パスクア島」)の先住民はポリネシア人で、ポリネシアの航海者たちがカヌーを操り太平洋を渡りこの絶海の孤島に到達して定住したのは、西暦1,200年頃だそうです。彼らの文化、伝統、宗教、そして言語には、他のポリネシアの島々(タヒチ、サモア、ハワイなど)と共通する要素が数多く見受けられ、イースター島の先住民がポリネシア系であることは広く認められているところです。他方、一部の研究者は、定住した時期はもっと早く9世紀(西暦800年代)頃には始まっていたとの主張もあります。

 ポリネシアの航海者達は、このころには既に高い堪航性能を備える「ダブルカヌー(双胴のカヌー)・アウトリガーカヌー」や「帆」を手に入れていたと考えられますので、イースター島からさらに東に向けて航海し、南米大陸の西海岸に到達していたことも考えられます。(チリの首都「サンティアゴ」まで3,700㌖ほど、カヌーのスピードであれば、逆潮の影響を考慮するとしても、最大30日間程度で到達可能です。)

 チリ共和国の海岸線は約6,400㌖と長大で、未だに未発見の遺跡が数多く眠っていると思われます。このうちの一つでも、古いポリネシア文化に繋がるものが見つかれば画期的なのですが⁈ 

イースター島の位置・中央の黄色点(出典:ウィキぺディア、PD)

クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植)・not edited.

 古代人の新たな遺構や遺跡の発見は、「南北アメリカ大陸の最初の発見者は誰?」という単純な疑問に対し科学的に明確な答えを与えてくれます。今後も今までの常識を覆すような新たな発見に大いに期待します。

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Ⅱ 海亀(アオウミガメ・アカウミガメタイマイ

 ウミガメの祖先

 2008年、中国の南西部貴州省で化石が発見された「オドントケリス」は、これまで知られているなかで最古のカメの化石で、中生代三畳紀後期(約2億2千万年前)に生息していました。(ただし、三畳紀‐ジュラ紀境界の大規模な生物絶滅イベントを生き抜いて、現代まで進化したという直接的な証拠は確認されていません。)また、この化石は、他の海生生物の化石とともに発見され、海で生活していたと推定されています。

 ウミガメ類はウミガメ科の【アオウミガメ属・アカウミガメ属・タイマイ属・ヒメウミガメ属(ケンプヒメウミガメヒメウミガメ)・ヒラタウミガメ属】の6属とオサガメ属(1属)の計7種が分類されています。(東太平洋中南米沖にクロウミガメと呼ばれる群が存在するらしいですが、国際自然保護連合(IUCN)ではこれをアオウミガメのシノニム(近縁種)としています。

 「ワシントン条約」(CITES:絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約・1973年に成立、日本は1980年に批准)では、ヒラタウミガメ属を除くウミガメ類について、「付属書Ⅰ」のリストに載せ保護の対象としています。

 日本の海浜で生まれるウミガメはアオウミガメ、アカウミガメタイマイの三種類なのだそうです。この三種類について少し詳しく見てみることにします。

アオウミガメ

アオウミガメの画像(出典:ウィキぺディア)・not edited.

クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植ライセンス、Brocken Inagloryさんの作品)

分布海域

 太平洋・大西洋・インド洋の熱帯から亜熱帯海域の水深が浅い沿岸域に生息する。主要な産卵地はコスタリカ、オーストラリア、マレーシア、オマーン、アセンション島(南大西洋、イギリス領)などとされ、 日本での産卵場所は主に小笠原諸島で、南西諸島、高知県、鹿児島県、愛知県、八丈島でも確認されている。

餌(食性)

 ほぼ草食性、アマモ、ヒルモ、スガモなどの海草のほか、藻類、クラゲ、海綿なども食べる。

大きさ

 雌のデータ(雄は上陸しないので詳しいデータは不明由):北太平洋(日本を含む)83~86㎝、最大(大西洋)99~110㎝(いずれも甲長:甲羅の長さ)。体重70~180㎏

産卵

 日本では5~8月の夜間、砂浜に上陸して海岸の低木の下に窪みを掘り、さらに深い穴を掘って、1回に80~150個の卵を産む(1シーズン平均4回ほど)。卵は孵化まで45~70日を要し、孵化後20~25年で成熟する。寿命は50~70年余!

生活域

 日本の海岸で生まれたアオウミガメの生活域は、成長段階や活動目的によって大きく異なります。採餌期や産卵期には特定の沿岸域に集まる一方で、幼小期には海流に乗って(潮目などに集まるホンダワラなどの陰に隠れながら)外洋を漂流するなど、海洋環境に適応して生活しています。

 また、成長して成熟した雌は「出生地帰巣性」と呼ばれる行動を示します。これは、彼女たちが孵化した海岸、もしくはその近隣の海岸に戻って産卵する傾向があるというものですが、必ずしも毎回全く同じ場所で産卵するわけではなく、数キロメートル程度の誤差はあるにしても近い地域で産卵することが多い由。地磁気の変化(磁場強度、磁気傾斜)、波のパターン、潮流、さらには海岸の特徴など複数の環境要因を記憶し、自身が生まれた砂浜に戻って来ると考えられています。

乱獲の歴史

 大航海時代(15世紀後半から17世紀初頭)には航海者にとって航海中の貴重な獣肉として珍重されていたようで、航海中、停泊中の別なく見つけ次第捕獲し食料の一部としていたらしい!さらに17世紀末期から18世紀にかけ、ジャマイカで大量かつ組織的な乱獲が行われたほか、20世紀に入ってからはマレーシア、バミューダ諸島、モーリシャス、レユニオン島(インド洋、フランス領)、香港島などでは「卵」の乱獲により繁殖地が無くなり、アセンション島(前出)や小笠原諸島などでの産卵数も激減してしまいましたが、ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約:1973年成立)の締結に向け、国際取引が規制される動きのなか、個体数は回復傾向が見受けられたそうです。 

 日本では、伊豆諸島、小笠原諸島、南西諸島で食用として捕獲されていたほか、血液や脂が薬用とされたり、剥製が祝い物として利用されていました。

アオウミガメ上陸・産卵回数の推移(出典:環境省自然環境局 生物多様センター資料)

 アオウミガメは現在、「環境省のレッドリスト」で絶滅危惧Ⅱ類・Vulnerable (VU) 【危急】にランクされています。

 環境省レッドリストのカテゴリー

環境省レッドリストのカテゴリー 一覧表(出典:環境省HP)

アカウミガメ

アカウミガメの画像(出典:ウィキぺディア)・not edited. 

クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植ライセンス、ストロビロマイセスさんの作品

分布海域

 太平洋、大西洋、インド洋、地中海、温帯から亜熱帯にかけての海洋に広く分布していて、産卵地としてアメリカ合衆国東部海岸、オーストラリア、オマーン、ギリシャ、トルコ、日本、ブラジル、南アフリカなどで確認されている。日本での産卵地は大平洋側では宮城県、日本海側では能登半島以南とされています。

餌(食性)

 幼少期はアマモ、ホンダワラなどの海草、海藻を主とするが、成長すると肉食系の雑食性で貝類、甲殻類、海綿、,腹足類、頭足類、魚類などのほか、カツオノエボシやクラゲなども食べる。

大きさ

 雌のデータ(雄のデータは不詳):最大(大西洋)65~105㎝(甲長:甲羅の長さ)。体重70~180㎏まで成長する。甲殻類や貝類を殻ごと食べるため顎が強く、結果、大きな頭(他のウミガメ類に比べ、所謂、頭デッカチ!)が特徴です。

産卵

 日本ではアオウミガメと同様、5~8月にかけ海岸の草地や砂浜に窪みを掘り、直径20㎝、深さ60cm程度の穴の中に1回当たり50~150個の卵を1~5回/年に分けて産み落とす。卵は50~80日で孵化し、夜間に這い上がって海に向かう。生後13~47年を経て成熟し、最長寿は62才の記録がある。雌のアカウミガメはアオウミガメと同様に「出生地帰巣性」と呼ばれる行動を示します。

生活域

 日本の海浜で生まれたアカウミガメの子供達は、黒潮に流されるように北太平洋に進み、さらに東進して餌(甲殻類など)が豊富なアメリカ合衆国カリフォルニア州の沖~メキシコのカリフォルニア半島沖で成体まで成長すると、日本沿岸を目指し西に向かいます。大航海が終って日本周辺に戻った後はカリフォルニア沖に戻ることはなく、出生地を中心に適水域と餌場を探しながら一生を過ごす由。 

受難の時代 

 ウミガメ類全体に当てはまりますが、護岸工事や海岸埋め立てなどによる産卵地の破壊、漁業中の混獲、ゴーストギアによる拘束、海洋プラスチック等の誤食、海洋汚染、食用としての卵を含む乱獲(違法採取)などにより生息数は減少していると考えられます。「環境省のレッドリスト」で絶滅危惧IB類・ (EN:Endangered) 【危機】にランクされています。

アカウミガメ上陸・産卵回数の推移(出典:環境省自然環境局 生物多様センター資料)

タイマイ

タイマイ

タイマイの画像(出典:ウィキぺディア、PD)・not edited. 

著者 英語版ウィキペディアホフリアンさん

分布海域

 インド洋、大西洋、太平洋の熱帯域に生息し、主な繁殖地としてインドネシア、セーシェル諸島、モルディブ、西インド諸島などが挙げられている。日本では奄美群島以南、南西諸島で少数の産卵が行われる。

餌(食性)

 カイメン(海綿)を主食とし、サンゴの隙間などに生きる小動物(エビ、カニ、小魚など)を細く尖った嘴(くちばし)で捕食するほか、イカ、海藻類も食べる。

大きさ

 甲長60~80cm(雌)、体重30~70㎏とウミガメの仲間では比較的小型です。

産卵

 アオウミガメやアカウミガメと同様に砂浜に上陸して穴を掘り産卵しますが、海浜の草地まで這い上がって産卵する雌もいるらしい。また、「出生地帰巣性」と呼ばれる行動特性を示します。  

交雑種

 2013年奄美大島で、タイマイとアカウミガメ両方の特徴を併せ持つ個体の産卵が民間保護団体により確認されているそうです。

タイマイの甲羅(鼈甲:ベッコウ)

 古代エジプトや中国では、紀元前からタイマイの甲羅(鼈甲)を使ったアクセサリーや装飾品が王侯貴族の間で流行していたとの記録があり、日本でも江戸時代以降、鼈甲細工が盛んになり、美しい輝き、軽さ、耐久性、加工しやすさ、希少価値などから髪飾り(櫛)や帯留め、簪(かんざし)、眼鏡枠などの装飾品として広く利用され、また、伝統工芸品の材料としても珍重されていましたが、現在の日本では原則として輸入はできず、全ての産卵地で卵の採取や鼈甲採取目的の捕獲も禁止されています。

 タイマイも他のウミガメ類と同様に生息数は減少していると考えられ、「環境省のレッドリスト」で絶滅危惧IB類・ (EN:Endangered) 【危機】にランクされています。

タイマイ上陸・産卵回数の推移(出典:環境省自然環境局 生物多様センター資料)

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Ⅲ チョット気になるニュース・話題

1 海の事故(カヌー・ディンギー・ミニボート・サップ・ウィンドサーフィン)

 夏を間近に、海のレジャーが本格化する季節ですが、「京都府京丹後市で行われたカヌー大会での大量転覆事案」や「兵庫県西宮沖で発生した大学ヨット部練習中の転覆事案」(いずれも5月17日発生)などの報道を見る都度に思うことは、主催者あるいは責任者(マリンレジャー用器具の販売店やフリートの責任者を含む)に海象の変化を予測する力(観天望気の能力)がしっかりと備わっていたか?という事に尽きると考えます。天気図を見れば、寒冷前線が通過し風向きが急変、海象の悪化が容易に推定できます。分からなければ地元の漁業者に聞いてみて下さい。

 一般論として、動力の有無にかかわらず、海上での「船」の安全運航については船長責任とされていますが、レースやイベント開催、団体としての訓練・練習の際は主催者あるいは統括責任者側と参加者との間のミーティングが行われ、参加者のレベルに応じた安全基準、規約の再確認・中止基準・海象の変化予測・海域の特性・周知連絡方法・その他注意事項などが参加者に事前に伝えられるはずで、これらがしっかりと機能していれば、よほど突発的な事象(漂流物への衝突などによる船体の損傷・故障、急病、ケガなど)以外は起こりえない。

 ニュースの文面だけでは詳細なことまでははっきりしませんが、レースにしても練習にしてもスケジュールに縛られることなく中止または延期する決断力も主催者あるいは責任者に必要不可欠な素養です。

 過去、類する事案が関東近辺の高校・大学の舟艇部・ヨット部が集中する相模湾でも起こりました。「七里ヶ浜の哀歌」を胸に主催者・責任者は事故防止に努めてほしい。

 参考として5月17日0900の天気図(気象庁資料)を添付します。

5月17日0900の天気図(出典:気象庁資料、過去の天気図より)・not edited.

2 マイクロプラスチック(MPs)は何処に?

 マイクロプラスチック(MPs)粒子の行方について、国立大学や研究機関で研究されているようですが、日本の河川から流出する「海水より比重が重い沈降性のマイクロプラスチック」の海底への堆積についてコンピューターシミュレーションしたところ、黒潮などで沖合に流されて放出地点から100㌖以上も沖合に堆積しているらしいことや、MPsが水面付近から水深数千メートルの深海に至るまで海の中のあらゆる深さに分布・滞留していることが判明したとしています。

 MPsの生成過程は、河川から流出する段階で既に5㎜以下のものもあるでしょうが海に出て漂流中に風化・紫外線による劣化、物理的な摩耗と断片化、化学的変化と酸化、生物学的要因などが複雑に関連して生成されると認識していました。

 大深度にまで拡散してしまっているMPsの回収手法ついては今後の研究に委ねるとしても、海面表層に漂っている漂流プラスチックゴミは回収が可能です。

 以下は四方海話74の一部再掲になりますが、衛星を利用したリモートセンシング技術は「光学センサー」「赤外線センサー」「マイクロ波センサー」「AIによる解析とデータの統合」などによりかなりの高精度で漂流プラスチックゴミの集積位置が特定できるとされています。とすれば、大型の「海洋プラスチックゴミ回収船」による回収も現実的なものとなってきます。海洋国家日本として「アドバンスド・大阪ブルーオーシャン・ビジョン」 も大風呂敷の与太話ではなくなってきます。

3 海水中では生きられないと思っていたら!

 大阪万博会場の付近海中で、レジオネラ菌属が検出されたとのニュースがありましたが、私自身の不勉強で「海水中ではレジオネラ菌は生きられない」とかってに思い込み、温泉や銭湯での話だと理解し、ノーマークを反省しています。

 それにしても、陸上の人工施設ならともかく、海水の消毒、除菌はどのように行うのか想像がつきません。今後の関連報道に注目します!

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四方海話76 ーときの話題ー §32  おわり

次回は 四方海話77 ーときの話題ー §33 です。

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