ー ときの話題 ー §32
Ⅰ 安全に絶対はない⁈
Ⅱ 王様になった船乗り⁈
Ⅲ チョット気になるニュース・話題
1 イエメンのフーシ派が「紅海を航行中の船舶への襲撃をやめる」と約束!
2 黒潮大蛇行収束の兆し⁈
3 今年の夏は?
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Ⅰ 安全に絶対はない⁈
「そんな判り切ったことを、なにを今さら?」と怒られそうですが、安全工学の古い設問に「破れ窓理論」と「ハインリッヒの法則」をそれぞれ簡単に説明し、この両説を統合して「安全性向上について」の方法論を展開せよ。というのがあり、かなりてこずった記憶があります。
前者は「環境犯罪学」上の理論、後者は「安全工学」上の経験則として教えられていますが、事故発生の予防・防止という視点からすると、製造業、建設業、交通、エネルギー分野、医療分野など幅広い業界で応用できる部分は多い。
破れ窓理論
米国の犯罪学者ジョージ・ケリング氏とジェイムズ・Q・ウィルソン氏(2名)によって1982年に提唱されました。
1「破れた窓を放置すると、そのことが誰もこの地域のことを気にしていない」というサインとなって犯罪が発生しやすい環境を作り出す。
2 地域住民のモラルが低下し、住民の地域環境や安全確保に対する関心が薄れる。
3 それに伴って軽微な犯罪が増加する。
4 最終的に重大かつ深刻な犯罪発生に繋がる。
というものです。
アメリカ有数の犯罪多発都市となっていたニューヨーク市警察などでこの法則を採用(ゼロ・トレランス〔不寛容〕政策、1994年~)・実践し、警察関係予算の重点配分・警察官の増員・パトロールの強化などを通じ、5年間で殺人事件が68%、強盗事件が54%、婦女暴行事件が27%減少し治安が回復して大きな効果が得られた他、イギリス、日本(札幌の「すすきの環境浄化総合対策」、東京都足立区の「ビューティフル・ウィンドウズ運動」)などの実例が挙げられます。
ハインリッヒの法則 とバードの法則
日本でも労働災害の予防・防止の観点から、一時「ハインリッヒの法則 」が有名になりました。この法則は、労働災害における経験則の一つで、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常(ヒヤリ・ハット:事故には至らなかったもののヒヤリとした、ハッとした事例)が存在するというものです。

(出典:ウィキぺディア、Creative Commons CC0 1.0 Universal Public Domain Dedication)・not edited.
この法則を導き出したのは、米国の損害保険会社に勤めていたハーバート・ウィリアム・ハインリッヒ氏で、1929年11月に論文が出版されました。重大災害の防止のためには、ヒヤリ・ハットの段階で報告・分析・対策を徹底することで、潜在的な危険要因を一掃し、結果として安全な作業環境を築くことが肝要であるとしています。
バードの法則
「ハインリッヒの法則 」が発表されてから40年後の1969年、同じく米国の経営学者フランク・バード氏が保険会社の保有する約175万件(21業種297社)の事故データを分析し、発表した法則で、こちらも「ハインリッヒの法則 」同様、三角形で説明されていますが一段階増えて四段階となっています。

バード氏の分析結果(出典:厚生労働省・職場の安全サイト)・not edited.
ハインリッヒの法則では「軽微な事故」「不安全行動」「不安全状態」に注目していましたが、バードの法則ではさらに「管理上の要因」「組織上の要因」をも考慮し、事故の予防には、個人の安全意識だけでなく、組織全体の安全文化醸成や監督者のリーダーシップに加えて設備のメンテナンス、さらに安全教育などの要素が重要であることを示唆し、事故のリスク低減には組織全体の取り組みが不可欠である点を強調しています。
二つの法則(ハインリッヒの法則、バードの法則)の他に、さらに新しい災害や事故の防止に関連する法則が提案されています。こちらは「タイ・ピアソンの法則」と呼ばれ、タイ氏とピアソン氏が1974年~1975年の間、英国の保険会社の資料(100万件)の事故比率を分析、1件の重大事故や災害の背景には、3件の軽微な事故、50件の要応急処置事案、80件の物損事故、400件のヒヤリハット事案が存在する(五段階)という結果を公表しています。やはり、多く発生するヒヤリハット事例を分析し、そこから学ぶことで事故や災害を防止することが重要で、事故の兆候に早期に気付き、目を逸らしたり隠蔽したりすることなく、発生しうる事故を想定のうえ予防策を策定し、それを共有・厳守することでより高い安全性が確保できると結論付けています。
現代日本の労働社会は、「奉公意識」「明治時代以後に形成された企業文化」を背景とした古い慣習が残っていると言われています。これらより、「学歴・学閥偏重」や「勤続年数」、「企業・会社への帰属意識」や「年功序列」「ムラ社会」が重視される仕組みが生まれました。近年は女性の社会進出や労働運動などにより労働環境への意識の変化は進みつつあるものの、未だに「談合」「手抜き工事」「古い商習慣・因習」や「発注者・請負業者(元請)・下請け・孫請け・曾孫請け」といった公共工事等の受・発注形態が主流を占め、発注者は請負業者に安全管理に関する部分までを含んだ工事等全体を「丸投げ」しているのが現状です。特に「ムラ社会」の内側では「安全神話」の下で常軌を逸脱した作業が行われた事例もありました。安全管理に関する部分を切り離し独立させるなどの工夫や不都合な事象への厳格かつ迅速な対応も必要です。
安全体制の構築は無料(タダ)ではありません、手間も時間も掛かります。請負関係や経験年数にかかわらず、関係者個々が安全について真摯に考え、意見を交わし耳を傾けたうえで対策を講じ、実践することが肝要です!
利益最優先の社会意識のなかで相反する安全性の確保は後回しになっています。欧米式の対処法実現はたいへん難しい問題ですが、持続可能で安全・安心な社会の実現するには、現状では事例を分析、研究し、議論を積み重ね、可能なところから手を付けていく他はなさそうです!
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Ⅱ 王様になった船乗り⁈
スウェーデン人「カール・エミール・ペターソン」(1875~1937)は17才の頃からドイツの商社で働き、1898年ドイツ領ニューギニアのビスマルク諸島に赴任、航海士として乗船中の社船(ヘルツォーク・ヨハン・アルブレヒト号)が1906年12月25日ニュージーランドに向け航行中、荒天のためニューアイルランド州タバール島沖で遭難、沈没した。
彼は漂流の後タバール島の海岸に漂着したものの原住民に取り囲まれ、原住民から槍を突き付けられながら当時の王さま(ラミー)の前に引き据えられたに違いありません!
当時のタバール島は、異文化と接触したことのない未開の地でメラネシア人が住んでいたと考えられますが、まだカニバリズムの慣習(人肉食習慣:パプアニューギニアの一部の部族では20世紀中頃まで、宗教的・文化的理由で根絶されていなかった)が残っていたそうです。

ビスマルク諸島(タバール〔Tabar〕島)の地図(出典:ウィキぺディア・PD・ HoBeさんの作品) 赤矢印:筆者加筆
王さまや村人が踊る輪のなかで彼は死を覚悟したと思いますが、王さまの娘(王女:シンド、村人からは親しみを込めて「星島王女」と呼ばれていた!)は初めて見る異邦人の瞳が青く澄んでいたことからか、王さまに「命乞い」をしたうえ恋い慕い、1907年に彼を夫としたそうです。二人は9人の子宝に恵まれましたが、シンドは1921年に病気で亡くなってしまったそうです。
シンドと結婚した後、カールはコプラ(:ココヤシの実の胚乳を乾燥したものでヤシ油〔椰子油〕の原料となる)農場の経営に乗り出し成功する一方、近隣の島々で不動産を増やしていきました。また、地元の習慣を尊重し、コミュニケーションを重視したことから地元民からも慕われ、現地社会に溶け込んでいきました。
王さまの没後、彼は部族の王位に付くと、1922年、一旦スウェーデンに戻り、イギリス系スウェーデン人女性「ジェシー・ルイーザ・シンプソン」を連れてタバール島に戻り再婚しましたが、留守中に農場が回復不能なほど衰退してしまったそうです。

「カール・エミール・ペターソン」の肖像写真(出典:Wikipedia A PD)・trimming by writer.
しかしながら、彼はタバール島で金の鉱床(シンべリ鉱床)を発見していたそうで、地元経済やインフラへの投資を通じて地域社会に大きな利益をもたらしました。
妻のジェシーとカール夫婦は「マラリア」に苦しめられていましたが、ジェシー婦人は治療のため先にオーストラリアに渡った後、スウェーデンに戻り治療を続けたものの病状は好転せず1935年5月、ストックホルムでマラリアと癌が原因で亡くなったそうです。
カールは王位を息子に譲り、1935年タバール島から去りオーストラリアに向かいましたが、故郷のスウェーデンに戻ることはなく、1937年5月シドニーで心臓発作のため亡くなったそうです。
タバール島では今でも「星島王女」と「青い瞳の王」を偲び、年に一度の「星祭」が開かれているのだとか⁈
(源典: Wikipedia A 「Carl Emil Pettersson」)・arranged by writer.
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Ⅲ チョット気になるニュース・話題
1 イエメンのフーシ派が「紅海を航行中の船舶への襲撃をやめる」と約束!
イエメンの隣国オマーンの仲介で、アメリカによる「イエメンのフーシ派支配地域への空爆の停止」を条件に「フーシ派による紅海航行船舶への襲撃をやめる」ことに合意したとの報道がありました。久しぶりの歓迎すべきニュースでした。オマーンの外務省は「今後は紅海で航行の自由と国際海運の円滑な流れが確保される」として成果を強調したそうです。
オマーンは国王(スルタン)が全権を掌握する絶対君主制のイスラム教国で、湾岸協力会議(GCC)の一員ではあるものの、GCC盟主であるサウジアラビアとは一線を画し、多方面と友好関係を保っています。イランとも良好な関係を有し、サウジアラビアなどによる対カタールの断交にも参加しませんでした。また、イランをはじめ多くのイスラム教徒が敵視するイスラエルの首相(ネタニヤフ氏)の公式訪問も受け入れたことがあります。1913年~1932の間、スルタンの座にあったタイムール・ビン・ファイサル国王は退位後、日本人女性を娶り神戸に住んだこともあることから日本との関係は深い。
湾岸協力会議(GCC):1981年5月25日に設立された、中東アラブ湾岸地域の6カ国による地域連合です。加盟国はサウジアラビア、クウェート、バーレーン、カタール、オマーン、アラブ首長国連邦の六か国で、政治、経済、軍事、文化など幅広い分野での協力と統合を推進することを目的としています。
2 黒潮大蛇行収束の兆し⁈
7年9か月も続いていた黒潮の大蛇行に収束の兆しがあるとして、5月9日、気象庁から報道発表がありました。


黒潮大蛇行収束に関する気象庁の報道発表(出典:気象庁報道発表資料・抜粋)・not edited.
3 今年の夏の天気は?
今年も去年同様「暑い夏」になるのでしょうか?
ちょっと古い発表(2月25日)ですが、今年6月~8月の「気象庁の暖候期予報」です。

全国・暖候期予報(出典:気象庁HP)・not edited.
発表時期が近いのは「3か月予報」で、7月までの予報です!

全国・3ヵ月予報(出典:気象庁HP)・not edited.
発表時期が最も近いのは「1か月予報」です。気温が高い確率70~80%が目を引きます。

全国・1か月予報(出典:気象庁HP)・not edited.
また、今夏「予想される海洋と大気の特徴」として下図が公表されています。
この図を見ながら推察すると、今年の夏も気温が高く、「梅雨入り」は早まり、「台風の発生と上陸」も増えるように思われます。

予想される海洋と大気の特徴(出典:気象庁HP)・not edited.
≪国際マザーアース・デー(4月22日)に寄せたグテーレス国連事務総長メッセージ≫
母なる地球が、熱を出しています。
昨年は、観測史上最も暑い年でした。
記録的な暑さが続いた10年の、最後の一撃でした。
私たちは、この病気の原因を知っています。人類が大気中に排出している温室効果ガスであり、その大半は化石燃料の燃焼によるものです。
その症状も知っています。壊滅的な山火事、洪水、熱波であり、命が失われ、生活が破壊されています。
さらにその治療法も知っています。温室効果ガスの排出量を急速に削減し、気候変動への適応を加速させることであり、そうすることで気候関連災害から、私たち自身と自然を守るのです。
回復への道を歩むとことは、私たちと自然の双方にとって有益です。
再生可能エネルギーは、化石燃料という選択肢に比べ、より安価で、健康的で、確実です。
そして適応に向けた行動は、現在および将来にわたって、力強い経済とより安全なコミュニティーを構築する上で不可欠です。
今年は極めて重要な年です。
すべての国が、世界全体の気温上昇を1.5°Cに抑えるという目標に沿った、新たな国別気候行動計画を策定しなければなりません。これは、気候変動による最悪の惨禍を回避する上で欠かせません。
これはクリーンな電力の恩恵を得られるようにする重要な機会です。私は、G20諸国が先頭に立ち、すべての国がこの機会を捉えるよう呼びかけます。
また、汚染に対処し、生物多様性の喪失に急ブレーキをかけ、私たちの地球を守るために各国が必要としている資金を拠出する行動も必要です。
共に行動を起こし、2025年を母なる地球の健康を取り戻す年にしようではありませんか。
(出典:国連広報センター・ニュースプレス)・not edited.
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四方海話75 ー ときの話題 ー §32 おわり
次回は 四方海話76 ー ときの話題 ー §33 です。

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