第五話 ― 海の怪物(魔物・妖精) ― その3 人魚のいろいろ
現代日本人の伝説上の生物「人魚」に対するイメージは、デンマークのコペンハーゲンの「人魚姫」の銅像に象徴される可憐で清楚な「妖精」の印象なのではないでしょうか?良いイメージを壊すつもりはありませんが、人魚伝説は前節で触れたギリシャ神話の「セイレーン」がそのルーツで、船乗りにとって決して喜ばしいものではないことを知っておいてほしいと思います。だからというわけではないと思いますが、コペンハーゲンの人魚姫の像は「世界三大がっかりスポット」に数えられているそうです。
* 海外の人魚
・ セイレーン
ギリシャ神話に出てくる「海の魔物」(前節記述済)。一方、「人魚」としても語られている。
・ ローレライ
セイレーンのドイツ・ライン川版。
・ マーメイド
北欧神話由来の人魚、こちらは航海者を襲って食べたりはしない。(コペンハーゲンの人魚はこちら)。
・ メロウ
アイルランドに伝わる人魚、この人魚が現れると嵐が起こると云われ船乗りに恐れられている。女のメロウは人間の男性と結婚することもあり子共を産むと、子の足には鱗があり手の指には小さいながら水掻きがあるのだそうです。
・ メリュジーヌ(メリシュヌ)
フランスに伝わる美しい「水の精」。人間の男性と結婚するが浮気の疑いを懸けられ、入浴中を覗かれて人魚であることが発覚し、男性の元を去って行った。
・ ハゥフル
ノルウェー語で「人魚」を意味する。漁師の間では嵐や不漁の前兆とされ嫌われた。見たものは仲間に話すことなく火打石で火花を起こし嵐、不漁を回避したのだとか。予知能力を持ち、予言を聞いた者も居たらしい。
・ 赤ジュ(ジュ:魚辺に需)
前話で述べた陵魚と同じく、中国「山海経」に記載があるという。魚の体形で人の顔を持つ、声は鴛鴦(おしどり)に似て、食べると疥(ひぜん:疥癬のこと?)の予防になる。
・ 氐人(ていじん)
人面で魚の体、足はない。人の胸から下が魚になった姿であるとしている。
・ 陵魚・蛟人
前話で「半魚人」として記述したが、人魚として紹介しているものもある。
・ 海人魚
東シナ海に生息する。大きいもので長さ5~6尺(1.8㍍ほど)、外形は人、眉、目、口、鼻、手、爪、頭はいずれも若く美しい女性であるとされ、足はない。体表に鱗はなく白い、長さ1~2寸(3~6㌢)の5色で軽く柔らかな体毛で覆われている。髪は馬の尾のようで長さはほば体長ほど。臨海部で多くの寡夫、寡婦を捕らえ池や沼で養っているのだとか。穏やかな性格で人を傷つけることはないのだそうです。
・ その他
「人魚」の絵画や伝説は他にもイギリス、アイスランド、スウェーデン、イタリア、スペインなどのヨーロッパの国々や北朝鮮、韓国、フィリピン(ビサヤ諸島)、グアム島、パプアニューギニア、モルッカ諸島、ニュージーランドなど太平洋沿岸、さらにブラジル、ジャマイカなどの中南米、インド洋ではマダガスカルにも残されている。また、目撃談となると探検家の「コロンブス」が1493年、カリブ海のイスパニョーラ島で目撃した旨サンタマリア号の航海日誌に記載が認められるそうですが、「絵に描いてあるような美女ではなく、かろうじて人間に似た顔つきをしていた。」と記していることから海獣の「マナティー」ではないかと推定されている。
* 日本の人魚
日本でも人魚の存在が古くから語られていて、最古の記録は「日本書紀」のなかで619年のことであるとのことです。また、「聖徳太子」が近江の国で人魚と出会い、前世の悪行のため人魚に変えられたことを聞き供養をしてあげたとの伝承があります。
各地に伝わる人魚伝説のなかには人魚を恐ろしい生き物と見做すところもあり、江戸時代、越中の国では角(つの)がある全長10メートルもあろうかという人魚を450丁もの銃で撃退した話(下図参照)や、若狭の国では岩の上に寝ていた人魚を殺したところ、海鳴りや地震が頻発し人魚の祟りとされ恐れられた。一方、人魚の出現を吉兆とする地方もあり、和歌山県橋本市の高野山麓「西光寺」には全長50㌢の人魚のミイラが安置されていて、不老長寿・無病息災の信仰対象となっているほか、博多湾に出現した際には国家長久の瑞兆とされ、亡骸は「龍宮寺」に葬られ、同寺お魚の骨が伝えられ信仰の対象となっている。他方、岡山県浅口市「円珠院」のミイラは学術的調査の結果造り物と判明し話題となった。

「人魚の図」出典ウィキペディア
・ アイヌソッキ・アズイコシンプク
アイヌの民話で語られる北海道の内浦湾に住んでいる人魚によく似た生物で、八百比丘尼伝説同様この生物の肉を食べると長寿を保つことができるとされている。
・ ザン
石垣島の伝説:ある夜のこと、地元の若い漁師3人が砂浜で遊んでいたところ沖合から女性の声が聞こえた。翌朝、漁師3人は声の主を確かめようと船を出し網を打ったところザン(ジュゴン?)が捕らえられた。持ち帰ろうとしたが、ザンが「わたしは海のなかでしか生きられません。」と涙ながらに命乞いをするので漁師たちは海に返した。ザンは逃がしてくれたお礼に「間もなく大きな津波がやって来ます、早く山に逃げて下さい。」と告げ、海に消えていった。漁師は急ぎ浜に引き返し村人に急を告げたが、話を信じなかった隣村の人々は逃げずに、話を信用した漁師が住む村の衆は山に避難した。間もなく大津波が襲い隣村の衆は飲み込まれてしまったと云う。この話は明和8年(1771年)の4月24日の「明和大津波」のことで、日本の津波史上最大級と伝えられる「八重山地震津波」だったとされている。

葛飾北斎画「人魚図」・出典ウィキペディア
・ 歇伊武禮児(ヘイシムレール・へいしむれる)
フィリピンをスペインが統治していた時代、スペイン人は「人魚」(「ジュゴン」と推定される。)を「ペシェ・ムリェール」(ぺス・ムレール)と呼び、その骨に血止めや下血、痔、に効果があると信じていた。他の薬と一緒に「へいしむれるの肋骨一本」が入った薬箱を東インド会社を通じて徳川幕府に献上した際、献上品を受け取った幕府の役人が「ペシェ・ムリェール」を日本語に転訛し、音を漢字表記したものと思われる。江戸時代(寛永18年西暦1641年・将軍家光の時代)のできごとで、特に雄よりも雌のジュゴンの骨のほうが薬効が高いとされていたのだそうです。
第五話 「おわり」
次回は 第六話 ― 海賊 ― です。

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