四方海話65

ー ときの話題 ー  §22

観天望気

海にまつわる故事や諺

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観天望気

 「観天望気」については、「四方海話20~21」で少し触れました。日本では気象庁などの 天気予報チェックが今や当たり前となって、最早「死語」になりつつはありますが、なかなかドーシテ、局地的な天気の変化については気象予報士がタジタジのこともあります。

 観天望気:敢えて定義づければ、農家や漁師・船乗りが、自然現象(気象・海象)や動物、昆虫などの行動を観察し、経験則と伝承から天気の変化を予測すること。とでもなるのでしょうか?

 「朝焼けは天気が崩れる」「太陽、月に笠かかると天気下り坂」「夕焼け小焼けの次の日は晴れ」「猫が顔を洗うと雨になる」などは一般常識的によく知られています。

 北前船や弁財船の時代(江戸時代中期~明治中期ごろ)には「船頭」や「表仕」(おもてし:航海長または一等航海士)が朝夕「日和山」(ひよりやま:湊と沖が見渡せる小山や丘)に登り、「方角石」(ほうがくいし)を見つつ「観天望気」(≒日和見:ひよりみ)をし、出航の可否の判断をしていたそうです。

方角石・山形県酒田市・日和山公園(筆者撮影)

 山形県の酒田港は最上川の河口部に位置し、元は北前船の寄港地として栄えた「」です。北海道函館市の函館山の麓に銅像が立つ、「高田屋嘉平」さんの持ち船「辰悦丸」(しんえつまる:1,500石積み)は酒田の船大工の手により建造されたとのことですので、嘉平さんもこの方角石を見ながら日和見して初出帆の日を決めたのでしょうか?

観天望気≒日和見≒気象予報士

 日和見(ひよりみ)とは元々、農業・漁業に関連して天気の変化を予測することにより収入を得ていた気象予報の専門職のことを指していました。将来を予想するという意味では人々の運勢を占う八卦見(はっけみ)と同様の呼び方でしたが、かつては天気の読み人の運勢も占いの一種と見られていたのかも知れません。

 日和見という言葉は「日和見主義」「日和見感染(症)」「日和見菌」など、こんにちではあまり良い意味として用いられない傾向にありますが、その時代には需要とともに相応の社会的地位を得られていたものと思われます。

動物・昆虫など生き物から天気の変化を知る    

  • カエルの合唱、天気下り坂
  • 山鳩鳴くと雨
  • 燕が低く飛ぶと雨
  • ミミズが這い出ると大雨
  • クモの巣作りは晴れる
  • 鳶(トビ)の高飛びは晴れ

雲(空)の状態から天気の変化を知る 

  • 羊雲は次の日雨
  • 鯖雲は雨が降る
  • 富士に笠雲天気下り坂
  • 金床雲(かなとこぐも)は天気大荒れ

気象現象から天気の変化を知る

  • 夜、星が瞬くと雨が近い
  • 東風(こち)吹かば次の日は曇りか雨
  • 春の北風(ならい)は晴れ
  • 夏の南風(はえ)は晴れ

 これらは、長年の観察によって気象変化予測が諺(ことわざ)となって伝承されているもので、気象学上の裏付けがされているものもあります。また、季節性と地域性があり、全てではありませんが三浦半島の相模湾側の伝承を列記します。

  • 宵の雷雨は明日の凪
  • 富士の虹またぎは大時化
  • 富士の笠雲、時化の前触れ
  • 富士の頭が白くなれば(冠雪すれば)、台風はほぼ来ない
  • 大山(丹沢山)が時雨(しぐれ)ると雨が来る
  • 大島(伊豆大島・三原山)の煙(噴煙)が立っていると晴れ
  •      〃       〃    横になびくと風が吹く

などがあります。

 海辺だけではなく、山間部でもその地域特有の天気の変化に関する諺が残されているものと思いますが、地域の古老を訪ねてそれら伝承を集め、気象予報士に頼ることなく自ら天気予報をするのも面白いと思います。

 海辺に旅行をする機会があれば、夕方に浜辺を散歩してみましょう。ベンチに腰掛け、額に手をかざして目を細めながら沖を眺める老人に出会ったら、明日の天気を尋ねてみて下さい。天気以外にも興味深い海の話をしてくれるかもしれません。

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海にまつわる故事や諺

 待てば海路の日和あり

 物事を為すにあたって、性急に過ぎることなく、周囲の状況を見極めて冷静に準備して事に当たれば上手くいく場合が多いことのたとえ。

 井の中の蛙大海を知らず

 自己の周りだけの知識・見識にとらわれ、広い視野での判断や決定ができないこと。

 貝殻で海を量る

 浅はかな見識で難しい問題を議論すると結論を誤ることのたとえ。

 海の事は漁師に問え

 その世界の事を知るには、その道の専門家に頭を低くして尋ねよ!

 海賊、山賊の罪を挙げる

 自分の所業を棚に上げ、相手を非難するすること。

 櫓櫂の立たぬ海はない 

 いかに困難な事案でも、解決策はあることのたとえ。

 海に千年、山に千年(海千、山千)

 世の中のあらゆる分野の物事に詳しく抜け目のないこと。海で千年、山で千年生活した大蛇は龍に変身し、天に昇るという!

 大海、芥を択ばず

 度量が大きく頼りになることのたとえ。と云って、プラスチックごみを海に捨ててはいけません。(芥【あくた】=ちり=ごみ)

 海中より盃中に溺死する者多し

 海で溺死する人よりも、酒を飲み過ぎて死ぬ人の方が多い。

 船頭多くして、舟、山へ登る

 指図する者が多く、統制がとれず物事が順調に処理できなかったり、誤った方向に進んでしまうことをいう。

 舟に刻して剣を求む

 古い慣習や習わしに従うばかりで、状況の変化に応じた適切な処置ができないことをいう。中国の楚の兵士が舟で長江を渡るに際し、誤って剣を川の中に落としてしまい慌てて船べりに印を付け、岸に着いた後、印を付けたところの川底を探したのだとか!

 舟は帆任せ、帆は風任せ

 成り行きに任せた方がうまく物事が運ぶのたとえ。

 櫂(かい)は三年、櫓(ろ)は三月

 櫂を使って舟(和船)を自由に操るには熟練が必要です。

 櫓を押して櫂は持てぬ

 一人で二つのことを同時にできない例ですが、かつて船外機がまだ未発達な頃の沿岸(磯場)の「見突き漁」(みつきりょう)では右手に得物(魚介を採るため、長い竿先に鉄製の把具を付けた漁具)、左手で櫂、口に箱眼鏡、左足で櫓、右足で体を支えて舟をコントロールしながら漁をしていたのを見たことがあります。

 滄海の一粟

 滄海=大海原、大海原の粟(あわ)の一粒。人の存在の儚さを表す言葉。

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セーマンドーマン

 陰陽道にルーツがあるとされる「おまじない」です。「海」と関係ないでしょ!と思われるでしょうが、伊勢志摩の海人さん(あまさん:海女【女性】、海士【男性】)達には昔から役に立てているようです。 

セーマン(左)・ドーマン(右)の意匠(出典:ウィキぺディア)

クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 3.0 非移植、not edited.

 海人さん達はこの星印と格子を漁で使う道具や衣服に描き、魔除けとしています。対象としている海中の主な魔物とは

  • トモカヅキ:共に潜る者の意味で、海中では自分ひとりのはずなのに、もう一人の自分そっくりな潜水者を見かけることがある。という現象ですが、医学的知識が乏しい私の勝手な想像ではありますが、これは「自己像幻視」(ドッペルゲンガー)なのではないかと思われます? 医学的には、視覚にのみ現れる現象で、ほとんどが短時間で消えるとされていますが、素潜りで脳へ加圧、減圧を頻繁に繰り返すと、人によっては体調などにより症状が現れることもあり得るのではないでしょうか?
  • 山椒ビラキ:チクチクと刺す生物?で放っておくと全身に広がり呼吸困難に陥るそうです。
  • 尻コボシ:海の河童の一種?で、肛門から生き肝を引き抜くという伝説上の魔物。
  • ボーシン:海を漂う「船幽霊」を指す。
  • モーレン:成仏できずにいる海難の犠牲者の霊。
  • 龍宮城からのお迎え

などが挙げられています。下の絵は明治時代の浮世絵師「河鍋暁斎」(かわなべ きょうさい)が描いた「船頭と船幽霊」と題された浮世絵です。

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浮世絵「船頭と船幽霊」(出典:ウィキぺディア・PD)、not edited.

 セーマンの星形は、平安時代の陰陽師「安倍晴明」の判紋「清明桔梗」(ききょう)を表し、ドーマンの格子形は安倍晴明と「術競べ」をして敗れた「蘆屋堂満」(あしやどうまん)に由来するのではないかと伝わっています。また、この格子は縦に四本、横に五本(合計九本)で、「修験道」「九字護身法」(臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前)を現し、除災や戦勝等を祈祷する際の作法が元祖であるともされています。

素潜り漁の始まり

 神奈川県三浦市の毘沙門洞窟遺跡(弥生時代の海蝕洞遺跡)では、鹿の角(つの)製のアワビオコシと考えられる道具や弥生土器、アワビの殻、殻で作った貝包丁などが出土していて、千葉県館山市や長崎県壱岐島の同時代の遺跡でも発見されているそうですから、そうすると弥生時代の中頃(およそ2,200年前ころ)には既に「素潜り漁」が始まっていたと考えてもよいと思われます。また、魏志倭人伝(3世紀末)にも「人好んで魚蝮(アワビ)を捕らえ、水に深浅となく、皆沈没してこれを捕る」との記述があることからも、この時代の海辺では一般的に貝類の採取が行われていたのではないでしょうか? ただし、「水中メガネ」はまだなかったはずですので裸眼で水中に潜って、アワビやトコブシ、サザエ、ナマコなどを探していたはずで、漁獲量は少なく貴重な食材ではなかったかと想像できます。

海女さんの実態

 昨年の某調査資料によれば、女性の素潜り漁従事者は日本全国で1,200名強、三重県が一番多く500名ほど、次いで能登半島を含む石川県と続いていますが50年前と比べると8分の1にまで減少しているそうです。

 平均海水温度の上昇を原因とする沿岸海域(磯場)の生態系の変化(アイゴやブダイなど海藻類を餌とする魚類の増加)で「磯焼け」が拡大し、風前の灯ともいえる「貴重な海の文化財」ではありますが、知恵を絞って守ってほしいと思いませんか? 

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四方海話65   ー ときの話題 ー  §22  「おわり」

次回は 四方海話66 ー ときの話題 ー  §23 です。

 

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