第八話 — 我が国周辺の海難事故 — その3
・ 護衛艦「あたご」漁船「清徳丸」衝突事件
護衛艦「あたご」(排水量7,750㌧、全長164.9㍍、乗組員280名)は京都府の舞鶴港を拠点とする海上自衛隊第3護衛隊に所属する「イージス護衛艦」でハワイ沖での試験航海を終え神奈川県横須賀港への寄港途中、漁船「清徳丸」(総トン数7.5㌧、全長16.24㍍、2名乗組み)は、千葉県新勝浦市漁協所属の鮪はえ縄漁船で、勝浦市川津漁港から漁場である伊豆諸島三宅島北方海域向け航行中のところ、両船は平成19年2月19日午前4時7分頃、千葉県南房総市野島埼灯台から190度22.9海里(約42㎞)付近で衝突、清徳丸は沈没し乗っていた親子2名が行方不明となり、漁船、巡視船、航空機、自衛艦等が捜索するも発見されず、後日、死亡が認定されました。
この海難事故では、あたご側の過失の有無や海上自衛隊の情報公開の姿勢と自衛艦乗組員への航行安全教育などが取沙汰され、また、防衛大臣が漁協や遺族宅を訪れ直接謝罪するなどしたほか、マスコミにも取り上げられ、社会的反響が大きい事件となりました。
横浜地方海難審判庁は「重大海難事件」として審理し、「本件衝突は、あたごが(清徳丸の)動静監視不十分で、前路(進路前方)を左方に横切る清徳丸の進路を避けなかったことに因って発生したが、清徳丸が警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。海上自衛隊第3護衛群第3護衛隊が、あたごの艦橋と(艦内の)戦闘情報センター(CIC:戦闘指揮所)間の連絡・報告体制並びに艦橋及び戦闘情報センターにおける見張り体制を十分に構築していなかったことは、本件発生の原因となる。」旨裁決しました。()内、筆者加筆。
海難審判に続いて、横浜地方検察庁は事故発生時のあたごの艦橋当直士官と事故直前の当直士官を業務上過失致死の容疑で横浜地方裁判所に起訴、判決では、当直士官であった両名にミスがあったことは認めながらも航跡図については信用性を否定し、独自の航跡を推定のうえ回避義務は清徳丸側にあったとして両名に無罪の判決を下した。続いて東京高等裁判所での控訴審において同裁判所は、検察および海保が漁船側の正確な航跡や位置を特定・立証することができなかった(清徳丸が沈没し乗組員が行方不明となったことにより、当時の状況について供述を得ることができなかったため無理からぬことといえる。)と認定したうえで「疑わしきは罰せず、疑わしきは被告人の利益に」の原則に則って被告人側に最も有利な航跡と位置を推定せざるを得ず、それに基づけば両被告の刑事責任は認定できず、無罪を導き出したうえで検察側の控訴を棄却した。第二審無罪を受け高等検察庁は上告を断念、両被告の無罪が確定しました。

あたご・清徳丸衝突位置略図:海難審判庁裁決参考図上に著者作図
・ 旅客船KAZUⅠ浸水事故
昨年の4月23日午後発生した海難事故なので記憶に新しい。一年過ぎた今日現在でもまだ6名の行方が判明していない。事故に至る経過は報道等で周知のとおりですが、現在、運輸安全委員会が事故原因について調査中で、網走海上保安署の捜査、海難審判所、裁判所の審理を通じ事実の究明と再発防止が図られるものと期待しているところです。
昨年12月15日付、運輸安全委員会はこの事故について、確認できた事実情報等を取りまとめ「船舶事故調査の経過報告について」(A4、70ページ)として国土交通省海事局へ報告、公表していて、以下は事故原因についての要約ですが、中間報告ではあるものの内容はかなり充実しており、興味ある方は一読をお薦めします。
- KAZUⅠ が知床岬沖からの復路、波高が高くなり船首甲板に打ちあがる状態が続いた。
- 船首甲板にあるハッチは確実に閉鎖できる状態ではなかった。
- 波の打ち込みと船体動揺により浸水が継続した。
- 船体下部の隔壁には開口部があったため船体後部にも浸水が拡大し、機関停止、沈没に至った。
- 建造時、平水区域を航行区域とする船舶であったため、船首甲板外縁の防波壁の高さが甲板部から10㎝と低く、波の打ち込みに弱い構造であった。
- ハッチを固定する2つあるクリップは確実に固定できない状態であったとの証言が得られた。
- ハッチの状態は航行中、操舵室からは死角となり目視確認できない。
- 機関停止の原因は電気系統(制御装置)の冠水によるものと推定。燃料系や吸排気系および本体には浸水の形跡がなかった。
- 引き揚げられた「KAZU Ⅰ」の船底外板には7個所の損傷があったが、どれも船体内部に通じてはいなかった。
今後さらに客観的視点から調査が進み、最終報告書の公表を待ちたいと思います。
— 海難審判と刑事裁判 —
海難審判は「海難審判法」に基づき、職務上の故意、過失によって海難を発生させた「海技士」「小型船舶操縦士」「水先人」に対する懲戒(行政処分:免許の取り消し、業務の停止、戒告がある)の要否を審理するため、国土交通省の特別機関である海難審判所が行う行政審判で、その主な特徴を列記すると
- 審理の結果は「裁決」で示される。
- 公開の審判廷で審理される。
- 刑事裁判ではないので「刑罰」は課されない。
- 民事裁判と異なり「損害賠償」を命ずることはできない。
- 法解釈を行うことはできない。
- 一審制で、上級審(第二審)は東京高等裁判所の専属管轄となった。(2008年以前の旧海難審判法下では地方海難審判庁と高等海難審判庁の二審制であった。また、憲法上の規定で行政機関が終審としての裁判を行えないこととなっている。)
- 理事官が刑事裁判における検察官に相当する職務を行う。
- 「重大な海難」は東京の海難審判所が管轄する。それ以外の海難は地方海難審判所が所掌する。
- 「海上保安官」「警察官」「市町村長」は海難の発生を知ったときは、直ちに管轄する海難審判所の理事官に通報することとなっている。
- 2008年の法改正により、従来海難審判庁の所掌であった海難原因の究明は事故調査委員会に委ねられることとなった。
などが挙げられます。
—「重大な海難」とは— 《海難審判法施行規則第五条》
- 旅客のうちに、死亡者若しくは行方不明者又は2人以上の重傷者が発生したもの。
- 5人以上の死亡者又は行方不明者が発生したもの。
- 火災又は爆発により運行不能となったもの。
- 油等の流出により環境に重大な影響を及ぼしたもの
- 次に掲げる船舶が全損となったもの
- 人の運送をする事業の用に供する13人以上の旅客定員を有する船舶
- 物の運送をする事業の用に供する総トン数300トン以上の船舶
- 総トン数100トン以上の漁船
- 前各号に掲げるもののほか、特に重大な社会的影響を及ぼしたと海難審判所長が認めたもの。
四方海話 24 第八話 ― 我が国周辺の海難事故 — その3 「おわり」
次回は 四方海話 25 第九話 — 海と船(舟)の歴史年表 — です。

コメント