第三話 ・・・ 海の神々 ・・・
その1 日本編 (神社を含む)
・ 大綿津見神(おおわたつみのかみ) 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の間に生まれた第八子、海を司る神様。豊玉姫命(とよたまひめ)の父親。
・ 大山祇神(おおやまつみのかみ)
同じく伊邪那岐命・伊邪那美命夫婦間の子、本来は山の神様ながら漁業、軍事、航海などの神でもあり、特に瀬戸内海を拠点とする水軍に崇敬された。富士山の守護神、日本一の美女とされる木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)の父親。
・ 事代主神(ことしろぬしのかみ) 大国主神(おおくにぬしのかみ)の息子で釣り好き、漁業と海の神様。
・ 伊奢沙別命(いざさわけのみこと) 気(氣)比神宮(けひじんぐう・福井県敦賀市)の主祭神で海人族(あまぞく)や海神族(かいじんぞく)により祀られた海の神様。気比神宮の本殿には伊奢沙別命のほか仲哀天皇(ちゅうあいてんのう・第14代天皇)、神功皇后(じんぐうこうごう・仲哀天皇の皇后)も祀られ、敷地内の4か所の社に日本武尊(やまとたけるのみこと)、応仁天皇(おうにんてんのう・第15代))、玉姫命(たまひめのみこと)、武内宿禰命(たけのうちすくねのみこと)が、また、摂社としての角鹿神社(つぬがじんじゃ)に垂仁天皇(すいにんてんのう・第11代)の時代に任那国(みまなこく)から渡来した都怒我阿羅斯等命(つぬがあらしとのみこと)を御祭神としてお祀りしている。敦賀の地名の由来は、都怒我≒角鹿≒敦賀と変化したらしい。
・ 金毘羅神・金毘羅大権現・琴平神・クンピーラ 四国、讃岐平野の金刀比羅宮(こんぴらぐう)に祀られ、皇室からも尊崇される海と航海の神様です。現代でも船が新造されると船主や船乗りはほとんどが金毘羅さんにお参りし航海の安全を祈願し、また、瀬戸内海を航行する船が讃岐沖(丸亀市沖)を通航する際には、「流し樽」(酒樽)に「奉納金毘羅大権現」と書かれた幟(のぼり)を立てて海に流し、これを発見、揚収した船には福が来るとして金毘羅様まで届けた由。クンピーラとは、インド、ヒンドゥー教の神で、ガンジス川に住む鰐を神格化した水の神だそうです。
・ 住吉三神(すみよしさんしん) 底筒男命(そこつつおのみこと)、中筒男命(なかつつおのみこと)、表筒男命(うわつつおのみこと)の三神の総称で海上交通の守護神。伊邪那岐命が黄泉の国から帰還後禊(みそぎ)をした際に出現した。住吉大社(大阪市住吉区)の御祭神です。
・ 宗像三女神(むなかたさんじょしん) 遣唐使・遣隋使が渡海する際の航海の平穏を守護した玄界灘の神様。①沖津宮(おきつぐう・世界遺産・福岡県宗像市沖津島)の田心姫神(たごりひめのかみ)。➁中津宮(なかつぐう・宗像市大島)の多岐津姫神(たぎつひめのかみ)。③辺津宮(へつぐう・宗像市田島)の市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)。 の三柱の神様の総称。天照大神と素戔嗚尊(すさのおのみこと)の誓約(うけい)の結果出現し、天照大神の神勅(しんちょく)によりそれぞれの地に降臨して玄界灘の「海の道」を守護した。
・ 塩土老翁(しおつちのおじ) 宮城県、塩釜神社の御祭神。海幸彦山幸彦兄弟神話のなかで、兄の海幸彦から借りた釣り針をなくして途方に暮れている山幸彦に、竹を密に編んだ小舟(無間勝間之小舟・まなしかつまのおぶね)を与えて大綿津見神が住む海神の宮に送り出す。山幸彦は大綿津見神に大歓迎され、その娘である豊玉姫(とよたまひめ)と結婚した由。海上安全、漁業、製塩の神様。
・ 水蛭子(ひるこ) 伊邪那岐命と伊邪那美命夫婦の間の第一子、体が不自由で弱かったため、葦舟に載せられて海に流されてしまいますが、摂津国(兵庫県西宮)の「西の浦」に流れ着き、発見した地元の人たちが「夷三郎」(えびすさぶろう)と名付けて大切に育てられた。のち「夷の大神」(えびすのおおかみ)さらに「恵比寿」(えびす)と呼ばれるに至り、七福神(恵比寿神、大黒天、福禄寿、毘沙門天、布袋尊、寿老人、弁財天)の内でも大黒天と並んで富と幸福をもたらす存在となった。漁業と航海安全の神様です。
つづく

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