四方海話 26

第九話 その2  — 神話・伝説の船(舟) — 

‥ 日本編 ‥

・ 鳥之石楠船神(天鳥船命)【とりのいわくすふねのかみ(あまのとりふねのみこと)】

 日本神話の中では、「高天原」(たかまがはら)を支配する神「高皇産霊神」(たかみむすびのかみ)が「国譲り」(くにゆずり)交渉のため、「大己貴神」(おおあなむちのかみ=「大国主神」〈おおくにぬしのかみ〉)のもと「出雲」へ「経津主神」(ふつぬしのかみ)と「武御雷神」(たけみかづちのかみ)を使者として派遣した際、「鳥之石楠船神」(とりのいわくすふねのかみ=天鳥船命《あまのとりふねのみこと》=天鳥船《あめのとりふね》)も同行したとしていますが、この神様は茨城県神栖市にある「息栖神社」(いきすじんじゃ)に相殿として祀られています。この神社の近くには「武御雷神を祀った「鹿島神宮」(かしまじんぐう)、「経津主神」(=武人・軍神・梶取〈航海士〉)を祀る「香取神宮」(かとりじんぐう)も鎮座し、また、現在の茨城県「霞ケ浦」(かすみがうら)付近は、古くは「香取海」(かとりのうみ)と呼ばれ、関東平野の奥深くまで海が広がる水運の要衝で、さらには沿岸部で丸木舟の遺物も多数発掘されていることからも、経津主神をリーダーとした国譲り交渉団(軍団?)一行は、鳥之石楠船に乗り込み、この地から香取海を利用して現在の東京湾口に至り、相模灘、遠州灘、熊野灘、大阪湾、瀬戸内海、関門海峡、日本海を経て出雲の国稲佐の浜(いなさのはま)まで大遠征したのでしょうか?

 「鹿島神宮」「香取神宮」「息栖神社」は合わせて「東国三社」(とうごくさんじゃ)と呼ばれ、「伊勢神宮」にならび日本神話の聖地として信仰され、特に「鹿島神宮」は奈良時代、西国の警備に赴く「防人」(さきもり)達が出発に先立って道中の無事と武運長久を祈願する「鹿島立ち」は後の時代の武士にも引き継がれ、さらに一般化して「門出のパワースポット」として有名です。

東国三社(鹿島神宮・香取神宮・息栖神社)の位置関係図:国土地理院地図上に作図

 小さな丸木舟(刳り舟)では、安全確保のため、波が静かな昼間だけの航海で岸寄りに進むことは想像できるものの、波が高くうねりもある外海を乗り切るのはさすがに無理と思われますので、アイヌ民族が交易に使っていた「イタオマチプ」(手漕ぎも帆走もできる。)や「ウミアック」(木の骨組みに獣皮を張った舟≒カヤック、カヌー。パドルやオールで前進し、帆走もできる。極北のエスキモー等が使っていた。)に似た舟を勝手に想像しています。

・ 無(无)間勝間之小舟(まなしかつまのおぶね) 無目堅間之小舟(まなしかたまのおぶね)

 「海幸彦・山幸彦」兄弟の伝説の中に、兄(海幸彦)の釣り針を亡くしてしまった弟(山幸彦)が、浜辺で途方に暮れているところへ現れた「塩土老翁」(しおつちのおじ:塩椎神:宮城県塩釜市「塩釜神社」の主祭神)は、嘆く山幸彦を慰めつつ竹を密に編んで防水処理を施した小舟を造り、山幸彦を乗せて海に流した。海流に乗った小舟はやがて「綿津見神宮」(わたつみのかみのみや:龍宮城?)に流れ着き、海神「綿津見神」(わたつみのかみ)の歓迎を受け、娘の「豊玉姫」(とよたまひめ:豊玉毘売命)を娶る。豊玉姫は後に「鵜草葺不合命」(うがやふきあえずのみこと)を産み、鵜草葺不合命は長じて豊玉姫の妹「玉依姫」を妻に迎え、初代天皇「神武天皇」(生年不詳~BC585年)の両親となる。豊玉姫が鵜草葺不合命を出産した際、鵜の羽と草で葺いた産室の屋根がまだ完成しない間に生まれたのでこの名となったとかで、この産室の跡には「鵜戸神社」(うどじんじゃ:宮崎県日南市の海辺)が建立されているそうです。

・ 虚船・空穂船(うつろぶね・うつぼぶね)

 1681年(元禄2年)から1883年(明治16年)にかけ、尾張国熱田沖越後国今町沖伊予国日振島常陸国鹿島郡の浜辺兵庫県神戸沖などで目撃記録がある架空の舟です、特に1803年(享和3年:江戸時代)常陸国鹿島郡(現茨城県鹿嶋市)の海岸に漂着したとされるものが有名で、お椀に凸型の蓋を被せた様な形状で金属製、上部の蓋の一部にガラスが嵌め込まれた窓があり、解読不能な文字が書かれていたそうで、中には箱を携えた異国の女性が乗っていた由。

 民族学者の折口信夫柳田邦夫の考察では、「霊の入れもの」「神の乗り物」であるとし、他方江戸時代のUFO飛来事件ではないかとも言われています。

虚船と乗っていたとされる異国人女性の絵:出典ウィキペディア

・ 速鳥(はやとり)

 播磨国風土記逸文に記載がある伝説上の舟です。第16代「仁徳天皇」(在位4世紀末~5世紀前半)の時代、明石にあった楠の巨木が、日の出の時間帯には淡路島を覆うほどの日陰をつくり、日の入りには難波の「高津宮」が日陰になってしまうため切り倒して舟を造ったところ、鳥が飛ぶように速い舟ができた。「速鳥」と名付け、明石から高津宮まで水の運搬に使っていたものの次第にスピードが出なくなり取り止めになったのだとか。察するところ使ってるうちに、船体が海水を吸って重くなってしまったものと思われます。?

四方海話 26  第九話 その2 —神話・伝説の船(舟)—  ‥ 日本編 ‥ 「おわり」

次回は 四方海話 27  第九話 その3  — 神話・伝説の船(舟)— ‥ 外国 ‥  です。

 

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