四方海話90

ー ときの話題 ー §46

ホルムズ海峡

大海人皇子(おおあまのみこ)

気になるニュース・トピック心配ごと

フナムシ

MSJC pickup

① 辺野古ボート転覆事件 

➁ 青森県三沢漁港沖漁船vs貨物船衝突事件


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ホルムズ海峡

 2月28日、米軍とイスラエル軍によるイランへの大規模攻撃が始まりました。イランでは最高指導者ハメネイ師が死亡したほか、政府中枢が破壊され通信・交通インフラも麻痺状態、軍事施設やミサイル基地が広範囲に攻撃を受け、主要都市では民間人の被害も拡大している旨報道されています。

 ホルムズ海峡はイラン革命防衛隊がホルムズ海峡の通航禁止を通告したことにより、船舶通航が遮断され、未確認ながら既に機雷敷設を開始しているとの情報もあります。

ホルムズ海峡周辺の衛星写真(出典:ウィキぺディア、PD)・not edited.

 イラン革命防衛隊がホルムズ海峡で「外国船舶の通航禁止」を一方的に宣言し、実力で妨害する行為は、国際法上“違法”と評価されるのが国際的な通説です。 特に、国際海峡における「通過通航権:国連海洋法条約第37–44条」は妨げてはならないとされており、イランが海峡を封鎖する権限はありません。

 日本の原油備蓄は254日分(約7,157万kl)あるとはいえ、この戦争の長期化は、日本経済への影響は大きく、高市首相のせっかくの成長戦略も足元がすくわれてしまった感があります。

イランの国内情勢

  • 2025〜26年の深刻な経済危機が続き、国民生活が崩壊、国内政治への不満が爆発し、各地で抗議デモが頻発した。
  • インターネットの遮断や治安部隊の暴力的な対応が行われ、政権の統治能力が問われる事態に発展した。
  • 2月28日、最高指導者アリ・ハメネイ氏がアメリカ軍の空爆により死亡し、後継として実子のモジタバ・ハメネイ氏が最高指導者に就任(3月8日)したが、怪我をしているとの情報もあり、政権に不透明感が残る。

イランをめぐる国際情勢

 「米・イスラエルによる軍事攻撃」「イランの報復」「地域全体の緊張拡大」「国連による非難」「世界経済への波及」が同時進行する極めて不安定な局面となっていて、先が読めない状況です。

  • 2026年2月28日、米国とイスラエルがイランに対し大規模攻撃を開始。標的は核関連施設・軍事拠点・指揮統制施設などで、イランの軍事能力を削ぐことが目的とされています。
  • イランはペルシャ湾の周辺諸国に対しても弾道ミサイル・ドローン・海上攻撃で報復し、戦闘はホルムズ海峡や湾岸地域に拡大しています。
  • 安全保障理事会は3月11日、「決議2817(2026年)」(イランがバーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、UAE、ヨルダンなど近隣諸国に攻撃を行ったことへの非難決議)を採択〔賛成13、反対0、棄権2(中国・ロシア)〕しました。この決議は世界の140か国以上が共同提案国となり、国際的な危機認識の高さが示されたものとなりました。
  • 米大統領はホルムズ海峡の安全確保について海峡を利用している国々へ参加を呼びかけましたが、EU諸国をはじめ、中国、オーストラリアなども消極的です。

イランの核開発の現状

 「濃縮ウランの量・濃縮度ともに過去最高レベルに達し、核兵器製造に必要な能力が技術的には極めて短期間で到達可能な段階にある」としている一方、2025年6月22日の米・イスラエルによるイラン核施設攻撃には、バンカーバスター(深部貫通爆弾)とトマホーク巡航ミサイルが使用されましたが、イランの核開発プロセスの遅延は数カ月にとどまり、この攻撃によって、核開発を止めるどころかイランの強硬姿勢をさらに強め、結果的に加速要因にもなったとの指摘もある。

世界経済への影響

 ホルムズ海峡が封鎖されたことにより、エネルギー・物流・金融市場の3つが同時に揺さぶられています。現在の情勢(2026年3月)を踏まえると、その影響はすでに現実のものとなっています。

  • エネルギー市場への影響(最も深刻な問題)
    • 原油・LNGの輸送が停止し、国際エネルギー価格が急騰(実際に2026年3月時点で既に原油価格は急上昇し、世界のエネルギー市場が混乱している)
    • 中東の産油国でも生産・輸出が減少し、供給不安が拡大中
    • エネルギー価格の上昇は、電力・ガス・輸送コストを押し上げ、世界中で物価高を引き起こし、世界的なインフレが再燃する
  • 物流の停滞と物資供給網の混乱
    • 商船・タンカーが航行を停止し、海上輸送が著しく減少
    • 化学原料・肥料原料などもホルムズ海峡を通るため、製造業や農業にも影響が波及する
    • 代替ルートは遠回りでコスト増に直結し、世界的な物流遅延が発生する
  • 金融市場の不安定化
    • 原油高騰と供給不安により、株式市場が急落し、世界的にリスク回避が進む
    • エネルギー輸入国の通貨は売られやすく、特に日本では円安(1ドル200円水準)の可能性が指摘されている

日本経済への影響

  • 原油・LNG価格の急騰 、エネルギーコスト増加
  • 円安進行 に伴い 輸入品の価格が上昇
  • 企業コスト増 → 生産縮小・利益圧迫
  • 家計負担増 消費低迷
  • 景気後退とインフレが同時進行

 紅海への出入口「バブ・エル・マンデブ海峡」も、イエメンのフーシ派がイランの支援を受けて息を吹き返し、通航船舶に対しミサイルや無人機を使った攻撃あるいは拿捕などの行動に出ないか心配されるところです。

 高市首相が訪米し、米大統領と会談しましたが、すぐさま良い結果がでるとも思えず、停戦に向けての前進は見られませんでした。

 3月27日現在、パキスタンの仲介により、停戦に向けての条件案が米国から15項目、イランから5項目示されているとされていますが、隔たりが大きくこのまま事態の収拾に向かうとは思えません。

 一方、米国はイランの主要な原油積出港(カーグ島)への上陸作戦や発電所への攻撃も計画しているという情報もあります。

 攻撃の応酬は周辺各国も巻き込みながら今日も続いています!


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大海人皇子(おおあまのみこ)

 日本の古代史は得意な分野ではありませんが、以前から、「皇子の名前になぜ「大海人」の文字が冠されたのだろうか?」程度の疑問があり、気になっていたところですので、浅くではありますが、調べてみることにしました。

¹集古十種』より「天武帝御影」矢田山金剛寺 蔵

(出典:ウィキぺディア、PD)・not edited.

 ¹集古十種(しゅうこじゅっしゅ):江戸時代後期に松平定信が編纂、日本最初期の本格的な“古美術・古器物の図録全集のこと。

大海人皇子(後の第40代・天武天皇)の出自

 『日本書紀』には、 大海人皇子の父は舒明天皇(第34代)と記され、おなじく母は皇極天皇(第35代)・斉明天皇(第37代)〔皇極天皇、斉明天皇は「重祚」:ちょうそ、一度退位した人物が再び天皇になること〕。生年不詳:630年代前半(研究者の間での最有力は631年、日本書記に記載なし)、 没年:686年9月9日(日本書紀に記載あり)。

乳母(めのと)は誰か?

 飛鳥時代(594年~710年)には、「乳母:めのと」の慣習は既にあったものの、乳母の個人名までを記録することはなかったようで、『日本書紀』にも大海人皇子の養育に関してはほとんど書かれておらず、壬申の乱での地方豪族との結びつきや天武天皇の政策などを総合し推定すると、大海人皇子の乳母は、海部氏を中心とする海人系氏族の女性だった可能性が高いとされています。

 一説には、大海人皇子の名は海部一族(海部は単一氏族の名称ではなく、複数の海人系氏族〔安曇氏、宗像氏、住吉系など〕の総称を云う。)の伴造(とものみやっこ:天皇家に奉仕する職能集団の長〔おさ〕で豪族)であった凡海氏(おほあまし:阿曇〔安曇〕氏と同祖〔津綿津見神・阿曇比羅夫〕の一族で瀬戸内・丹後・摂津を中心に海上交通・航海技術・海産物供給などを担っていた)の女性が皇子の乳母であったことから名付けられたと伝承され、凡海氏が大海人皇子の養育にあたったものと推定されています。 

大海人皇子の²白村江の戦いへの関与?

 大海人皇子が631年の生まれだとすると、白村江の戦いが起きたのは 663年ですから当時32才で、体力・気力ともに充実した時期ではあったと思いますが、通説では大海人皇子は参戦していないとされています。(日本書紀を含む史料には 大海人皇子が白村江に出兵した記録がなく、軍事指揮は阿倍比羅夫・上毛野稚子・阿曇比羅夫ら武将が担当し、大海人皇子は国内に留まって、海人族ネットワークの知識を生かし、中大兄皇子〔天智天皇〕を補佐していたのではないか、と考えられています。)

 ²白村江の戦い:663年、倭(日本)・百済連合軍と、唐・新羅連合軍が朝鮮半島の白村江で戦い、日本側が大敗した戦い。この敗戦により、日本は唐・新羅の侵攻を恐れて国防を大幅に強化することとなりました。

白村江敗戦後の防衛体制を再構築

 天智天皇(中大兄皇子)は、白村江での敗戦後「唐・新羅の連合軍」の倭国への侵攻に備え、①大宰府防衛のための水城(長さ約1.2㌖、高さ最大10㍍、幅最大80㍍、内部に大量の水を蓄える)を築造。➁東国の農民を徴用し、防人(さきもり)として九州に送りの国境防衛を強化。➂朝鮮式山城(大野城・基肄城・鞠智城・高安城・屋嶋城・金田城など)を百済系技術者を招いて築城した。➃外敵の畿内侵攻に備え、「飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)」から、内陸にあって防御しやすい安全な都「近江大津宮」(667年)へ遷都しました

壬申の乱

 672年(壬申の年)、日本古代最大の内乱と云われているこの乱(戦争)は、大海人皇子(のちの天武天皇)が大友皇子を破って皇位を掌握した事件です。

 天智天皇は、後継者として弟の大海人皇子を皇太子に立てていたが、671年11月、自身と側室(采女伊賀宅子娘〔いがのうねめ やかこのいらつめ:伊賀の地方豪族の娘で、宮中に仕える女性。〕)の間に生まれた皇子である大友皇子(おおとものみこ)を太政大臣に命じ後継とする意思を見せた。このため大海人皇子は大友皇子を皇太子として推挙したうえで自らは出家を申し出て吉野宮(現在の奈良県吉野町)に下り、隠棲しました。

 672年1月7日、天智天皇が崩御(46歳)し、大友皇子(24才)が跡を継いだ。(大友皇子は天武政権が“正統な天皇”として認めなかったため天皇即位の記録がない)が、実際には近江朝の天皇として「即位していた」可能性が高く、後世、明治時代、政府は大友皇子に「弘文天皇」という追号を贈りました。

現代では、

  • 宮内庁においては
    • 歴代天皇の表に「弘文天皇」を掲載している。
    • 古代史料に基づく“正統な天皇”とは扱っていない。
  • 歴史学界では
    • 「弘文天皇」は明治政府の創作だとしている。
    • 講学上は「大友皇子」と呼ぶ。
    • 即位の有無についての議論はされるものの、“後付けの追号”として扱っている。

ということになっています。

 672年7月24日、大海人皇子は吉野宮を出立・挙兵しました。この挙兵とともに伊賀・伊勢・美濃・大和(大伴氏)・熊野などの諸豪族の他、天智天皇の中央政権化に反発する東国勢力や海人族の多くが参戦しました。

 一方、近江朝の大友皇子側は、近隣諸国から農民兵を徴兵するなどして戦場に向かったが、8月20日瀬田橋の戦い(滋賀県大津市唐橋町)で近江朝廷軍が大敗すると、翌21日に大友皇子が自決し、乱は収束しました。

 大海人皇子の吉野宮を出立(挙兵)から大友皇子の自決までが29 日間で、動員規模からしては異例の短期決戦でした。

天武天皇の事績 

 壬申の乱後即位した天武天皇は「日本国家の原形の設計者」と言ってよいほどの構造改革を実行しました。律令国家の骨格・皇統の再編・宗教制度・文化体系を一気に構築し、日本史上でも最も“制度創造力”の高い君主であったと云うことができます。

 1 律令国家の原型としての中央集権国家の構築

  天武朝は、後の奈良時代に完成する律令国家の制度設計を担いました。

  • 八色の姓(やくさのかばね)の制定(684年)
    • 氏族の身分秩序を再編し、皇族中心の政治体制(皇親政治)を確立。
    • 旧来の豪族勢力を抑え、中央集権化を推進。
  • 飛鳥浄御原令の制定
    • 律令制の前段階となる法体系を整備。
    • 施行となるのは持統朝だが、立案は天武朝で起案された。
    • 戸籍・税制の整備
      • ³庚寅年籍(こういんねんじゃく)など、戸籍制度の基礎を整備。
      • 後の⁴班田収授法につながる人口把握・税制基盤を構築。

 ³庚寅年籍:690年(持統天皇4年)に作成された全国的な戸籍制度で、律令国家の人口を把握し税制および兵役(防人の徴兵)などの基盤を確立した、日本史上きわめて重要な文書です。 

 ⁴班田収授法:律令国家が、6歳以上の男女に口分田を与え、死後は国に返納させることで、土地と人民を国家が直接管理する制度のこと。

  • 皇親政治の強化:皇族を天武朝の要職に配置し、蘇我・大伴など旧来の有力氏族の影響を極力抑制あるいは排除した。

 2 都市やインフラの整備

  • 天武朝の政治の中枢として飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや)を再構築した。
  • 日本初の本格的都城藤原京建設に着手した。

 3 日本の歴史書の編纂と文化の開花

  • 「古事記」「日本書紀」の編纂を下命した。
  • 仏教寺院の造営、文化・芸術を奨励し、「白鳳文化」が形成されていった。

 4 宗教政策

  • 国家の保護宗教として「仏教」を重要視した。
  • 皇祖神(天照大神:アマテラス)の祭祀(伊勢神宮が担う)を強化するとともに、国家祭祀体系を整備した。
  • 天武天皇には和風諡号「天渟中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと)」が贈られ、“瀛”“真人”など、道教的な語彙が用いられ、また、天武天皇の宗教観(神仙思想)が現れている。

 5 皇位継承制度

  • 皇族を朝廷内の要職に配置するという「皇親政治」を徹底した。
  • 皇位継承を皇族内部に限定し、外戚勢力の影響を排除した。

 6 国号を「倭」から「日本」

  • 国号「日本」は天武天皇が構想し、持統天皇が制度として完成させた。

天武朝への評価

 天武朝は、国家の制度と皇統の物語を再構築して⁵万世一系の基盤を強化した政権として高く評価される一方、その成立過程(壬申の乱)や史料操作の可能性から批判も多い。

 学界では「制度的正統性の創出者」と「物語的正統性の演出者」という二面性で語られている。曰く、『天武天皇は「正統性を制度化」した点で後世に決定的な影響を与えたと評価される。』と同時に『その制度化は政治的必要性から生まれた「物語づくり」でもあり、史料批判が不可欠である。』としています。

 天武朝は「万世一系」を制度的に支える礎を築いたが、その成立には矛盾を含んでいる。 したがって評価は単純に事の善悪では割り切れず、(1)制度構築の功績、(2)正統化のための物語化、(3)成立過程の暴力性、この三点を同時に検討しつつ評価することが妥当と思われます。

 ⁵万世一系:「天皇の血統が一つの系統として永遠に続く」とする理念のことで、明治期に岩倉具視らが強調し、皇統の正統性を示す国家的スローガンとして定着した。


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気になるニュース・トピック心配ごと

フナムシ(Ligia:リギア )

ファイル:リギアexotica.jpg

フナムシの画像(クリエイティブ・コモンズ表示-継承 2.5 ジェネリックライセンス)

(出典:ウィキぺディア、著者・東大樹さん)・not edited.

 2026年2月に発表された千葉大学の最新フナムシ研究は、「東京湾のフナムシは都市の夜間人工光に適応しているか?」というものでしたが、私にとっては「光に適応しているか」云々よりも、研究の過程で「東京湾のフナムシは3種類」との事実に驚きました。

 3種のフナムシ

 2024年5月、大阪市立自然史博物館の研究成果が「一種と思われていた「フナムシ」を調べると三種だった!」として題して発表されていました。https://doi.org/10.11646/zootaxa.5453.4.1

  • アオホシフナムシ:新種
  • フタマタフナムシ:新種
  • トライフナムシ:従来「フナムシ」と認識されていた種〔トライ≠渡来〕

 以前、四方海話でも着目して「磯に居るキモイ虫」「海ヤダ!の原因」「海辺の掃除屋」「海辺のゴキブリ」などと、あまり肯定的な言葉では紹介していなかったように思いますが、なかなかドーシテ!よく調べてみれば「益虫」(いっちゅう)とまでは言えないが、我々の生活の中でも大いに役に立っているムシなのです。

フナムシは昆虫ではない!

 フナムシは見た目が“虫っぽい”ため昆虫と誤認されがちですが、脚の数・翅の有無・呼吸器官・分類のなど、すべてが異なり、昆虫ではなく、「陸性の甲殻類」と呼ぶのが正解です。

 フナムシ vs 昆虫

  • 脚の数(最も分かりやすい違い) フナムシ:脚 14 本(7 対): 甲殻類(エビ・カニの 仲間)に  典型的な多脚構造に対し、昆虫:脚 6 本(3 対):六脚亜門の決定的特徴。
  • 呼吸器官(生態の根本が違う)
    • フナムシ:鰓(えら)呼吸:だが、長くは泳げない。海岸の湿った環境が必須。乾燥に弱い。
    • 昆虫:気管系(tracheal system)を備え、体側の「気門」から空気を取り込み、体内で拡散。 陸上生活に特化した呼吸法。
  • 翅(羽)の有無
    • フナムシ:翅(羽)なし。〔飛びません!
    • 昆虫:基本的に翅2対(前翅+後翅)(例外として無翅類も存在する)。〔ゴキブリには羽があって飛ぶ!

 海岸で見かけるフナムシは昆虫ではなく、見た目は似ていても、体のつくりはエビやカニに近い!

益虫とまでは言えない? 

 「人間にとって“直接的な利益”をもたらす昆虫」「人間中心の価値観で「役に立つ」と判断される虫」が益虫です。ただし、生態学では、生態系においてはすべての生物が何らかの役割を持ち、誰かの“害”も別の誰かの“益”になるから(生態学的相互作用)、「益虫」という言葉は厳密な専門用語ではないのだそうです。それではフナムシなどはどう呼ぶのが正確なのでしょうか?

 生物学的に、海岸生態系の栄養循環を支える重要な存在として「分解者(decomposer)」あるいは、科学的にはその食性からして「デトリタス食者(detritivore)」が正解なのだそうです。

フナムシの食性

 雑食性、①磯場では海藻類やその破片、➁漂着した海棲動植物の死骸(デトリタス)、➂岸壁や防波堤などでは、釣り餌の残りや残飯などで、この食性ゆえに「分解者」「デトリタス食者」といわれる。

天敵

  • 甲殻類(イワガニ・アカテガニ・イソガニなど):生活環境がほぼ同じで、頻繁に遭遇し食べられてしまう。
  • 海鳥・磯鳥(イソヒヨドリ・シギ・チドリ・サギなど):鳥類は視力が良好で、動体視力も良く、餌取も俊敏です。
  • 魚類(磯魚)(メジナ・クロダイ・スズキなど):誤って海面に落ちたフナムシは絶好の餌食となる。釣りの餌としても好適。

分類

 動物、節足動物、甲殻(エビ・カニの仲間)、等脚(ワラジムシ・ダンゴムシの仲間)、フナムシ、フナムシ(Ligia)に属し、日本には三種の現生種が生存する。

 日本中のほぼどこの海辺でも見ることができるこのムシは、チョッと見た目は悪いけど人畜無害で有益な存在です。人間と遭遇すれば素早く退避してくれますので、「ゴキブリに似ている」として踏み付けることなく見守って下さい。しかしながら、油断して岩に座って居眠りなどをして、手足を露出していると稀に齧られることがあるので要注意!


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 ① 辺野古崎沖ボート転覆海難事件

 3月16日10時過ぎ、沖縄県名護市辺野古崎沖でたいへん残念な海難が発生しました。

事件概要

  • 発生日時・場所
    • 2026年3月16日 10:10ごろ。
    • 沖縄県名護市・辺野古崎沖 約1.5km付近海域。
  • 事故の状況
    • 平和学習中の同志社国際高校の生徒18人を含む21人が乗船。
    • PB「不屈」が高波を受けて転覆。
    • 救助に向かったPB「平和丸」も続けて転覆。
  • 被害状況
    • 女子生徒(17)と「不屈」船長(71)の計2名が死亡。
    • 14人が骨折などの重軽傷
  • 気象・海象・注意情報
    • 波浪注意報発表中
    • 海上保安庁の巡視船が事前に「波が立っていて危ない」との注意喚起していた。

3月16日(月)0900の天気図(気象庁HP,過去の天気図より)

 転覆事故発生海域図(国土地理院地図上に著者作図)

 海上保安庁は業務上過失致死傷・業務上過失往来危険・海上運送法違反容疑で捜査に着手しています。また、事故調査委員会も「船種不詳平和丸転覆 船種不詳不屈転覆」海難事故として事故原因を調査中です。

 上図を見る限り、事故発生海域はリーフの縁で「波が急激に高くなる特異な海域」です。

リーフ海域の波高モデル(出典:生成AIによる) 

 亡くなった「不屈」の船長は、この海域で10年以上の経験があった由、「この海域の特性に関する知識」や「海象が読めなかった」とは思えませんが!何か他に特段の理由があったのでしょうか?

 捜査と調査の進展を待ちます。


➁ 三沢漁港沖漁船vs貨物船衝突事件(貨物船末広丸vs漁船第六十五興富丸衝突海難事件)

 3月17日未明に起きた重大海難で、漁船側の乗組員4名が死亡した深刻な事故です。

概要

  • 発生日時・場所
    • 日時:2026年3月17日 01時過ぎ(通報は01時20分頃)。
    • 場所:青森県三沢漁港から北東へ約20km沖。

事故発生海域図(国土地理院地図上に著者作図)

  • 被害状況
    • 漁船「第六十五興富丸」:衝突後に転覆・沈没。
    • 乗組員13名全員救助されたが、うち 4名が死亡(意識不明で搬送後に死亡確認)。
    • 貨物船「末広丸」の損傷:大破なし、船首凹損程度。
  • 航行状況
    • 貨物船「末広丸」
      • 3月16日夕方に苫小牧港で荷積み後出港し、千葉県君津へ向け航行中。
      • 衝突時、船橋当直担当者(職名不詳)が居眠りしていたと会社側が漁協に報告した由。(3月21日午前)
    • 漁船「第六十五興富丸」
      • 3月16日22:45ころ底引き網漁のため、13名が乗船して八戸港を出港。
      • 八戸港防波堤通過後に AIS送信停止(操業位置秘匿のため、底引き網漁船では一般的な運用とされている)。
      • 衝突時、興富丸は漂泊し、明かりを点けたうえ網入れの準備をしていた。

両船の主要目 

  • 末広丸
    • 船種:貨物船・ガット船
    • 総トン数:748㌧
    • 全長:約82.5㍍
    • 船籍港:広島県呉市
  • 第六十五興富丸
    • 船種:漁船(底引き網漁船)
    • 総トン数:140㌧
    • 全長:約65㍍
    • 船籍港:青森県八戸市

 第六十五興富丸にもAIS(船舶自動識別装置)が装備されていたようですが、事故発生時には停波していたようで、操業位置秘匿のために漁船等では一般的な運用とされていますが、船舶の通航量が多い海域での操業時には、事故によって「乗組員の命が奪われ、船まで失うよりは安全操業がまず大切」と割り切ってAISをONにしておいていただきたい。一方、事故発生時、「末広丸の船橋当直担当者(職名不詳)が居眠りしていた」としていますが、船舶航行の安全に対する意識の欠如(低下)としか言いようがありません。眠気が襲ってきたら「ラジオの音量を上げる」「濃いコーヒーを飲む」「自身の頬っぺたを叩く」「船橋内を歩き回る」「ウイングに出て新鮮な空気を吸う」などなど、眠気を追い払う手段はいろいろあります。自分の肩に「海で働く仲間たちの命が乗っているんだ!」という気迫をもって深夜の操船に当たって下さい。お願いします!


MSJCとは!

 MSJC(More Safety Japan Coast)は「日本の海の安全・安心」を目標として、関係省庁や地方公共団体等に対し、意見の上申や提案をするグループです。NPOやNGOの類ではありません。

 ご意見・お問い合わせは「msjc2511@yahoo.co.jp」までお願いします。


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四方海話90 ーときの話題ー §46 おわり!

つぎは 四方海話91 ーときの話題ー §47 です。

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